認知症と法律 第1回「成年後見制度」
認知症がもたらすトラブルを未然に回避するには、さまざま準備が必要です。
認知症になると、もの忘れや判断力の低下から様々なトラブルに遭遇することが予想されます。中でも金銭や契約にまつわるトラブルはご本人の生活自体に大きな影響を及ぼします。
もちろん、認知症にならないことが最善の回避策ですが、万が一なってしまったら・・・
法律の専門家によるトラブル回避のアドバイスを連載します。
著者プロフィール
弁護士 宮島 才一(みやじま さいいち)
1972年3月中央大学卒業、80年10月司法試験合格、81年3月司法研修所卒業、81年4月弁護士登録(横浜弁護士会)、現在「宮島綜合法律事務所」所長、民事調停委員・家事調停委員、逗子市公平委員会委員長、横須賀市固定資産税評価委員会委員長、その他各種行政委員会委員、NPO法人高齢者安全運転支援研究会 理事
契約トラブルを未然に防ぐ
認知症になると、もの忘れや判断力の低下から、同じものをいくつも購入したり、金額の計算ができなくなったり、日常の買い物に支障が出るようになります。
症状が進行した場合、不要な商品を大量に購入したり、自分の不利益に気づかず悪質商法の被害に遭う危険性もあります。
実際に、認知症の人を狙ったリフォームや高価商品の訪問販売が問題になっています。アルツハイマー型の場合は特に、話を理解できていなくてもセールスマンの言われるまま購入してしまいがちです。
悪質商法のトラブルについては、全国の消費生活センターなどで相談を受けつけていますが、望ましいのは、被害を受ける前に誰かが気づいて助けてくれることです。
隣近所に住む親しい人と助け合うのも大切ですし、地域包括支援センターに相談し、公的な支援制度や、民生委員やボランティアなどを含めた地域での見守りを考えてもらうとよいでしょう。
認知症の人の一人暮らしでは、買い物のトラブル以外にも困ることがあります。家賃や公共料金の支払いや、病気になったときの治療や入院手続き、介護保険サービスの申し込みなど、生活に必要な手続きを自力で行うことも困難になります。また、有価証券や契約書などの重要な書類を紛失したり、その存在自体を忘れてしまうこともあります。中には長年掛け続けてきた生命保険を「こんなもの契約した覚えがない」と、電話で解約してしまうこともあります。
認知症と診断されても売買契約は自由にでき、それが不動産や高額商品であっても可能です。そのため、人に勧められるまま、自分の不利益に気づかず契約してしまう事例が多くあります。この契約を家族が後から無効にしたい場合、裁判をして、民法で言う 「意思能力」が、契約当時の本人になかったことを証明する必要があります。
意思能力とは、簡単に言うと、自分の行為の結果を理解、判断する能力を指します。現在、民法には「認知症」という言葉がないため、この意思能力の有無が判断材料になります。
その判断材料を用意するために家族が契約当時の認知症の診断書を提出する方法もあります。また、家族や親類が当時の本人の様子を法廷で証言し、意思能力がなかったことを証明することもできます。
また、鑑定人が医師や看護師から事情聴取をして、本人の当時の意思能力を鑑定する制度もあります。しかし、契約を無効にできても、相手が悪質商法の業者で連絡すらつかないなど、支払ったお金が戻ってこない場合も多いのです。
身寄りのない人であればとくに、契約手続きなどのサポートや、財産管理を誰に頼めばよいかは深刻な問題です。ふだんの買い物程度ならともかく、大切な契約などでは、安易に頼めない場合もあるでしょう。また、法律で定められた代理人でなければできないこともあります。
こうしたリスクを事前に回避する方法の一つとして考えられるのが、特定の人が援助者となり、認知症の人の生活や財産管理をサポートする成年後見制度です。
この制度は認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な人を保護・支援するために、2000年度にスタートしました。この制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。
法定後見制度
法定後見制度は、すでに判断能力が不十分になっている人が対象で、本人や配偶者、四親等内の親族、市町村長などが家庭裁判所に申し立てをします。本人の判断能力のレベルに合わせて「後見」「保佐」「補助」の3種類があり、家庭裁判所が「成年後見人」「保佐人」「補助人」を選任して制度が適用されます。
後見は常に判断能力が欠けている人が対象で、成年後見人が広範な法律行為を本人の代理で行ったり、取り消したりできます。保佐や補助は、まだ判断能力の残っている人を対象としているため、できるだけ本人の意思が尊重されるよう、保佐人や補助人の権限が制限されています。
成年後見人や保佐人、補助人の選任は、申し立ての際に提出する候補者のうち、最も適任と思われる人を家庭裁判所が選任します。本人の親族が選任されることが多いのですが、私たち弁護士や司法書士などの専門職や福祉関係の公益法人などが選任されたり、複数が選任されたりする場合もあります。専門職の場合、生活全般の支援というよりは財産管理が中心となります。
最近では成年後見人などが認知症の人の財産を使い込むなどのトラブルも発生しているため、本人の日常生活を見守りやすい近親者が成年後見人などになり、それを監督する「成年後見監督人」に専門職が選任されるケースも増えました。
任意後見制度
任意後見制度は、本人に十分な判断力があるうちに、将来、判断能力が不十分になった状態に備え、支援をお願いする「任意後見人」をあらかじめ本人が決めておける制度です。任意後見人には、家族や親族はもちろん、専門職や法人、あるいはご近所に住む友人でも、本人の信頼できる人を選べます。任意後見人になる人(任意後見受任者)は、本人との同意のもとに任意後見契約を結び、本人の判断能力が低下した後に支援を開始します。
任意後見人は、法律行為を本人の代理で行うことはできますが、契約などの取り消しはできません。
任意後見を開始するには、本人や配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者などが、本人の判断能力が不十分になったと判断したら、家庭裁判所に申し立てをします。この際、任意後見人の仕事ぶりをチェックする「任意後見監督人」の候補者を提出し、それを家庭裁判所が選任して任意後見が始まります。
信頼する人に任意後見人になってもらったとしても、歳月が経てば事情がどう変わるかは予測ができませんから、任意後見監督人によるチェック機能が大切なのです。
※本稿はJAF MATE社刊『認知症は怖くない2』の内容を再編集しました。